研究内容

プロジェクト5

代謝制御性アミノ酸シグナルを同定する

 私たちは、低タンパク質栄養状態に応答した肝臓の脂肪蓄積機構を解明するために、培養肝細胞を用いたin vitroの実験系で検討を進める過程で、肝細胞を、アミノ酸を含まない培地で培養するだけでインスリン非存在下でも脂質合成が亢進し、細胞内の中性脂肪量が増加することを見出しました。つまり、「細胞が自律的に細胞外のアミノ酸濃度の低下に応答して脂質蓄積を促進させる」ことを発見しました。この系に、特定のアミノ酸だけを欠乏させたり、逆に添加したりした培地で肝細胞を培養したところ、培地の種類ごとに異なる量の中性脂肪が細胞中に蓄積し。これらの結果は、肝細胞が細胞外のアミノ酸の組成の変化に応答して脂質代謝が調節されることを示しています。これまで、アミノ酸が引き起こす生理活性に関する研究は、薬理的作用が注目されてきましたが、このように物質代謝をある方向に調節し恒常性を維持するアミノ酸のシグナルを、今回、私たちは『代謝制御性アミノ酸シグナル』と命名し、その本態の解明に挑んでいます。

 では生体はアミノ酸のどのような変化をモニターしているのでしょうか。最近の私達の研究成果から、生体は血液中のアミノ酸のパターンを認識して、物質代謝を調節していることが明らかになりつつあります。生物学では、多次元の変数と目的の表現型との関係を統計的に解析する手法として、一般的に線形の多変量解析が用いられています。しかしこのような手法は、それぞれの変数に交互作用がなく、独立である必要があります。血中のアミノ酸濃度はそれぞれ代謝経路を介して互いに複雑に影響し合うため、アミノ酸同士あるいはアミノ酸とその他の代謝産物との間の独立性は低い、すなわち線形解析には適さないと考えられました。そこで、私たちは、血中アミノ酸プロファイルを非線形解析するために、古典的な統計解析手法に替わって機械学習を採用したところ、20種類の血中アミノ酸濃度のデータのみから肝臓の脂質蓄積量を分類・予測でき、血中アミノ酸濃度のプロファイルが肝臓の脂質蓄積量を決定していることを示すことができました。

 現在私たちは、次世代の栄養学『ネオ栄養学』の方向として、アミノ酸などの栄養素/代謝産物をあらためてシグナルとして認識して、物質代謝などのアウトプットを機械学習やシミュレーションで解析していくアプローチ、『AI Nutrition』の推進を提唱しています。

図を別windowで開く
ネオ栄養学

 今回のAI解析によって、血液中のアミノ酸プロファイルのデータだけから脂肪肝の表現型を予測することが可能になりました。先にも説明したように、アミノ酸は種々のインスリン様生理活性を調節しているため、インスリン様ペプチドの変動によって引き起こされる種々の表現型は、血液中アミノ酸プロファイルから、AI解析によって予測可能であると考えられます。一方、AI解析を使えば、摂取する食事・飼料成分から血液中のアミノ酸プロファイルを推定することができるはずです。これらを連結すると、AI解析や数理学的解析により、期待した表現型を実現するために必要な摂取すべき栄養素を予想することが可能になります。そして、ヒトの場合ならば、上の図にあげた疾病などの評価、予防食や治療食の設計、資源動物の場合には、高品質化を進めるための飼料の設計などへの利用が期待できます。さらに、AI解析や数理学的解析を用いることにより、どのアミノ酸、どの栄養因子や代謝中間体が重要かなどを絞り込み、この表現型を決定するメカニズムの解明や、動物種間の比較により、進化や適応の法則の解明を進められる可能性もあります。

 私たちは、このようなゴールを目指して、研究を進めています。

研究内容:目次 プロジェクト4(3)  戻る     次へ  プロジェクト5(コラム1)