研究内容

プロジェクト3(3)

 私たちは、これまでにIRSと相互作用するタンパク質として、40種類以上のIRSAPの同定に成功しています。同定されたタンパク質はそれぞれ、1)IRSの細胞内局在を決定する、2)レセプターキナーゼによるIRSのチロシンリン酸化を調節する、3)SH2ドメインを持つシグナル分子とIRSとの結合を修飾する、4)未知の新しいシグナル経路を仲介する、5)IRSの品質管理に関わる、6)IRSの分解を制御するなどの機能を有していることが明らかになりつつあります (図18)。 特に、チロシンリン酸化の調節機能を有する分子の中には、IRS-1とIRS-2に相互作用し、それぞれのIRSのチロシンリン酸化を異なる様式で修飾する、あるいはIRS-2のみと相互作用し、IRS-2のチロシンリン酸化を修飾するなどの性質を有する分子が含まれており、これらは、IRS-1とIRS-2のどちらの分子をシグナル伝達に利用するのかを決定する分子ではないかと期待しています。また、IRSに相互作用するタンパク質には、RNA代謝に関係する酵素や小胞輸送・細胞運動などに関わる分子など、これまで予想もしなかったタンパク質が含まれていました。そして、細胞外因子の刺激に応答して、IRSとそれぞれのIRSAPの相互作用が変動する結果、IRSを介したシグナルの修飾が引き起こされ、IGFやインスリンの特定の生理活性の増強や阻害が起こることがわかってきています。最近になり、同じ細胞系でもIRSの分子種によって相互作用するIRSAPが異なる、IRSは細胞種・組織によって異なるIRSAPの相互作用をしている、増殖過程や分化過程によってIRSは異なるIRSAPと相互作用している可能性を示す結果が得られており、IRSAPの生理的意義が多岐にわたっていることも明らかになってきました。

 更に、私たちは、IRSの機能の差異を細胞内局在の違いから明らかにするために、それぞれのIRSとGFPの融合タンパク質を細胞内に発現させ、細胞内局在を調べてみました。その結果、IRS-1は細胞質に斑点状に存在するのに対して、IRS-2は細胞質全体に、IRS-3は主に核に、IRS-4は細胞質及び細胞膜付近に存在していることがわかりました (図19)。 特徴的な細胞内局在を示したIRS-1とIRS-3について詳細な解析を進めたところ、IRS-1は、ゴルジ体からエンドソームへのタンパク質移行に重要な役割を担うAP-1と結合しエンドソーム表面に輸送され、IRS-1がこの部位で受容体からのシグナルを受け、IRS-1の特異的な生理活性を発現している可能性を示す結果が得られています。また、IRS-2とは、タンパク質を細胞膜あるいは細胞膜からエンドソームに運搬するAP-2や小胞輸送に関係するRab5のエフェクターであるRabankyrin-5などが結合しており、IRS-2が細胞膜付近に多く存在していることが良く説明できます。一方、IRS-3は、importinβと結合することによって核内に移行し、転写制御因子と結合、転写因子のco-activatorとして機能することが明らかとなりました。このように、それぞれのIRSは、異なるIRSAPと相互作用することにより細胞内局在が決定され、それぞれの部位で特徴的な生理機能を発揮しています。

 現在、これらのIRSAPがIGF/インスリン活性の修飾に果たす役割を更に明らかにするために、これらのホルモンの標的細胞にIRSAPを高発現あるいは細胞よりノックダウンしてIGF/インスリン活性を測定するだけでなく、種々の生理状態におけるIRSAPの動態、IRSAPを高発現するトランスジェニック動物を作成して表現型を解析するなど、動物レベルでの研究も進めています。また、IRSAPとIRSとの相互作用を修飾するような低分子化合物のスクリーニングを行い、この分子によって特異的にIRSAPの作用をコントロールする、IRSAPとIRSとの相互作用を構造生物学的に解析するなどのプロジェクトを共同研究で開始したところです。今後、これらの研究で明らかとなったIRSAPの性質をまとめたデータベースの構築を進めたいと考えています。

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図18 IRSと複合体を形成しているタンパク質(IRSAP)の生理機能

 IRSと複合体を形成しているIRSAP (IRS-associated proteins) は、IRSの細胞内局在、IRSのチロシンリン酸化、IRS以降の細胞内シグナル、IRSの細胞内存在量、あるいはIRSを介する新しいシグナルなどを調節していると考えられる。多くの他の細胞外因子が、このようあIRSAPとIRSとの相互作用に影響を与える結果、IRSを介した細胞内シグナルが調節される。

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図19 4種類のIRSの細胞内局在と生理的意義の違い

 IRSには4つの分子種が報告されているが、それぞれの細胞内局在を調べると異なることが明らかとなった。IRS-1は細胞質にドット状に、IRS-2とIRS-4は細胞膜および細胞質全体に、IRS-3は細胞質以外に核内にも存在した。IRS-1、IRS-2に細胞質内の局在の違いは、IRSと相互作用するAPに違いによるものと考えられ、この局在の違いの結果、異なる生理的意義を持つものと推定している。一方、IRS-3は核内で転写調節因子と相互作用し、NF-κBの転写活性を増強することがわかった。

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