研究内容

プロジェクト2(3)

先に説明したように、サイトカインおよびアディポカインは、インスリン抵抗性の発生に大きく寄与しています。私たちは、これらの因子群のひとつTNFαで3T3-L1脂肪細胞を長時間処理すると、インスリン刺激に応答したIRS-1のチロシンリン酸化が抑制され、これに対してIRS-2のチロシンリン酸化が増強されることを見出しました。更に、インスリン依存性IRS-1のチロシンリン酸化の抑制には、IRS-1のセリン/スレオニンリン酸化とともに、IRSに相互作用するタンパク質の存在が必要であることを発見しました。IRS-1のチロシンリン酸化の抑制を反映して、IRS-1と相互作用するPI3Kの活性が抑えられ、その結果、GLUT4の細胞膜移行が抑制されて、糖の取り込みが起こらなくなります (図12)

一方、3T3-L1脂肪前駆細胞をTNFαで長時間処理後IGF-Iで処理すると、IGF依存性IRS-2のチロシンリン酸化が増強され、同時にIGFに誘導される増殖活性が増強されることがわかりました。IGF依存性IRS-2のチロシンリン酸化の増強には、やはりIRS-2のセリン/スレオニンリン酸化とともに、IRS-1の場合とは異なるIRS-2と相互作用するタンパク質の存在が必要です (図12)

また、私たちは、TNFαでL6筋管細胞を長時間処理すると、インスリン刺激に応答したIRS-1のチロシンリン酸化が増強され、インスリン依存性糖の取り込みも増加することも見出しています。このIRS-1のチロシンリン酸化の増強にも、TNFαによってIRS-1と結合するタンパク質が必要であることが明らかとなりました (図13)

これら一連の結果を併せると、過剰に脂肪を蓄積した脂肪細胞(あるいは、肥満脂肪細胞を認識して侵入してくるマクロファージ)はこれ以上の脂肪蓄積を防ぐために自らTNFαを分泌しオートクライン様式(あるいは、パラクリン様式)でインスリンシグナルを抑制、糖の取り込みを抑制する。TNFαは近くにある筋肉細胞に働いてインスリンシグナルを増強、脂肪細胞が取り込めない糖を取り込み、グリコーゲンとして蓄積する、この間にTNFαは近くにある脂肪前駆細胞に働きIGFシグナルの増強を介して増殖を誘導、これらが分化して脂肪細胞が再生し、これらが脂肪の過剰蓄積を起こした脂肪細胞が取り込めない糖を取り込む。このような局所的な補償作用により、糖代謝の恒常性が維持されるという新しい作業仮説が考えられます。このような局所的なシステムでは、TNFαはインスリン抵抗性発生因子というよりは、脂肪の可能蓄積を起こした細胞の「レスキュー因子」として機能している可能性が考えられるわけです (図13)。 現在、このようなTNFαを介した細胞間コミュニケーションが実際に機能しているか、検討を行っています。

また、抵抗性発生、補償作用発揮を可能としている分子メカニズムについて検討を加えた結果、それぞれの細胞で、IRS-1あるいはIRS-2と相互作用するタンパク質が、抵抗性発生や補償作用発揮に関わっていることが明らかになったので、プロジェクト3でも説明するような手法を用いて、IRSの分子修飾やIRSに相互作用するタンパク質の同定という観点からの解析を進めています。最近になり、脂肪細胞でIRS-1と相互作用し、インスリンシグナルを抑制するタンパク質の解析により、GKAPというタンパク質がその候補としてあがってきています。これらの分子は、新しい観点から抗糖尿病薬の標的分子となる可能性が高く、私たちも研究の進展に期待しています。

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図12 脂肪細胞・脂肪前駆細胞におけるTNFαとインスリンのシグナルクロストーク

 3T3-L1脂肪前駆細胞あるいはこれを分化させた脂肪細胞を長時間TNFα前処理後、IGF処理あるいはインスリン処理をすると、IRS-1のチロシンリン酸化は抑制され糖の取り込みの増加などをはじめとした代謝性活性は抑制される。これに対して。IRS-2のチロシンリン酸化は増強され、脂肪前駆細胞の増殖が増加する。この際、TNFα処理によりIRSにセリン/スレオニンリン酸化が起こり、ここに特異的なタンパク質が相互作用する結果、IRSチロシンリン酸化の修飾が起こることが明らかとなった。

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図13 TNFαをメディエーターとした脂肪細胞と筋管細胞のインスリン抵抗性の補償機構

 脂肪細胞に過剰の脂肪が蓄積されると、それ以上の脂肪合成を抑制するためにTNFαを分泌、自身のインスリンシグナルを抑制、この脂肪細胞での糖取り込みを抑制する。一方、分泌されたTNFαは近くの筋管細胞に作用し、インスリンシグナルを増強、筋管細胞での糖の取り込み、グリコーゲン合成を増加させる。同時に、TNFαは脂肪前駆細胞のIGFシグナルを増強、増殖した脂肪前駆細胞の分化を誘導し、インスリンに反応できる脂肪細胞を作る。このように、筋管細胞と新しく分化した脂肪細胞によりインスリン抵抗性を起こしている脂肪細胞の糖取り込み低下は、局所的に補償されることになる。この際、丸をつけたIGF/インスリンシグナルの修飾には、IRSと相互作用するタンパク質が重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。

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