研究背景

研究の背景1(1)

インスリンファミリーペプチドとは何か?


インスリンとインスリン様成長因子

 インスリンは、血糖の降下作用などをはじめとした広範な生理活性を持ち、このホルモンが欠乏すると糖尿病になることが良く知られています。インスリンは、糖代謝ばかりではなく、タンパク質代謝・脂肪代謝などを同化に傾ける代謝制御活性を有しています。一方、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor; IGF、二つ分子種の存在が明らかにされており、それぞれIGF-IとIGF-IIと呼ばれています)は、色々な細胞の増殖や分化に必須であり、ひいては胎児期や出生後の組織の発達や身体の成長などに重要な役割を果たしていることが明らかとなっている成長因子です。

 インスリンとIGFは、50%程度のアミノ酸が同じ配列で、そのため高次構造が酷似しています。ただ、インスリンはCペプチドがプロインスリンという前駆体から切り出されて二本鎖のペプチドがジスルフィド結合(チオール残基同士が結合)しているのに対して、IGFは一本鎖のペプチドで分子内にジスルフィド結合が存在します。また構造だけではなく、多くの異なる性質を有しています (表1)。 インスリンは膵臓で産生されていますが、IGFは肝臓をはじめとした広範な組織で生合成され、その合成・分泌の調節機構もインスリンとは大きく異なります。例えば、インスリンは食事刺激に応答して一過的に分泌されるのに対して、IGF-Iは成長ホルモンやインスリン、あるいは栄養状態に反応して、またIGF-IIは組織の発達に応答して産生・分泌が調節され、血中変動は緩やかで日内変動などはあまり観察されません。更に、血中でインスリンは遊離型であるのに対して、分泌後IGFは体液中あるいは細胞近傍に存在する6種類の特異的結合タンパク質 (Insulin-like growth factor-binding proteins; IGFBP) に結合して存在しています。最終的に、インスリンは標的細胞表面にあるインスリンレセプターに結合、IGFsは主にIGF-Iレセプターに結合することにより、後で説明する細胞内情報伝達経路を介して種々の生理作用を発現すると考えられています。

 培養細胞を用いた解析では、IGFはインスリンと同様に糖・アミノ酸の膜透過の促進、RNA合成・タンパク質合成の促進など代謝制御活性、特に同化促進活性を持つことが明らかとなっています。しかし、IGFはインスリンで弱いと考えられている細胞増殖・分化の誘導活性、細胞死の抑制活性などが強い点が特徴です (表2)。 インスリンは、その糖代謝制御活性からI型糖尿病の治療薬として利用されています。これに対して、IGF-Iをin vivo投与した際には、IGF-Iは生体の種々の代謝反応を同化の方向に傾けることがわかっており、これらの結果をふまえて、IGF-Iの臨床応用が試みられています。しかし、IGFは、広範な臓器に多種多様な生理活性を示す上、癌化誘導作用があることも報告されており、臓器特異的かつ目的とする特定な生理作用の発現を可能とする手法の開発が強く望まれています。これまでに、IGF及びインスリン関連因子の遺伝子ノックアウトモデル動物、過剰発現モデル動物が作成されており、これらを用いて、発生期、胎児期、成長期、成熟期、成人期、老化期、種々の疾病発症時におけるIGF、インスリンの生理的意義が明らかにされつつあります。


図を別windowで開く
表1 インスリン,IGF-JおよびIGF-Kの性質

インスリン成長因子は、プロインスリンとアミノ酸配列の相同性が高く、構造も類似したホルモンであるが、その産生臓器・制御、血中動態、レセプター、作用形式などが、大きく異なっている。特に、インスリンは、食事摂取刺激などに反応して短時間で上昇し、短時間で定常状態に戻るのに対して、IGFは、ホルモン刺激や栄養状態などに応答してゆっくり変動するのが特徴である。


図を別windowで開く
表2 インスリンとIGFの生理活性の比較

インスリンとIGFの構造、そして、それぞれのレセプターの構造やシグナル伝達機構は類似しているにも関わらず、インスリンは代謝制御活性が強く、IGFは細胞の運命を決めるような作用が強いことが明らかとなっている。特に、IGFは多くの臓器の同化活性を誘導し、動物の成長を促進する。

研究背景:目次 はじめに(2)  戻る     次へ  研究の背景1(2)