研究背景

アミノ酸が伝達する細胞内シグナル

 アミノ酸は、生体において単なるタンパク質の構成要素としての役割を超え、細胞内シグナル伝達における重要な調節因子として機能することが近年明らかになってきています。特に、細胞の増殖や細胞内代謝応答を制御する経路として、mTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1)経路とGCN2-ATF4(general control nonderepressible 2?activating transcription factor 4)経路が知られています。

mTORC1が伝達する細胞内シグナル

 mTORC1は、ロイシンやアルギニンといったアミノ酸が細胞内のセンサー(Sestrin2、CASTOR1など)を介してRag GTPaseを活性化し、mTORC1をリソソーム膜上にリクルートします。この過程でRheb GTPaseによって活性化されたmTORC1は、S6Kや4E-BP1といった下流基質をリン酸化し、翻訳活性を促進することが知られています。また、mTORC1はオートファジー抑制にも関与し、細胞増殖にとって重要な役割を果たしています。

GCN2-ATF4経路が伝達する細胞内シグナル

 一方、アミノ酸が欠乏した状況では、GCN2-ATF4経路が活性化されます。GCN2は遊離(非翻訳)tRNAの蓄積を感知し、eIF2αをリン酸化することで翻訳全体を抑制しますが、ATF4の翻訳は例外的に促進されます。ATF4はアミノ酸トランスポーターの発現やアミノ酸合成酵素の誘導など、ストレス耐性や恒常性維持に必要な遺伝子の転写を誘導します。

 このように、mTORC1とGCN2-ATF4という2つの経路は、アミノ酸の利用可能性に応じて相補的に細胞機能を制御しています。mTORC1は栄養豊富な状況での細胞増殖促進に、GCN2-ATF4は栄養欠乏下での適応応答に中心的な役割を果たし、細胞の恒常性維持に不可欠です。今後、これらの経路に関する理解が深まることで、がんや代謝疾患、老化といった病態への新たな治療標的の開発が期待されています。

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